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その十五 弁慶澤隧道(鶴岡市)

 

 

大山から加茂坂を越えて加茂港に至ると、そこからは海岸線に沿って左右に道が走るのみである。

左(南)へ折れれば加茂水族館前のトンネルを通り、油戸集落に至る。また、右(北)に曲がれば港を回り込んで湯野浜温泉に続く国道112号となる。

   この道は今も昔も、湯野浜温泉に旅客を導く重要な経路であった。そのため、湯野浜温泉街の経営主たちは明治期より道の改良に精を出していた。

失敗に終わったとはいえ、笹立新道として残る廃道もその一例である。

加茂港の北方に残る隧道跡もまた、その時期に湯野浜への誘客の目的で整備されたものであったという。

それまでの道は、この険しい岩山に段を刻んで上り下りするという難道であった。荷車や馬車は全く通れない上、

徒歩通行でさえ転落すれば波間に消える危険を背負わねばならなかった。温泉街への誘客と物資運送を大幅に

改善するために明治23年、この隧道を含む大がかりな道路改修工事が行われることになったのである。

              

 

       

旧道を辿ると東口に至る

 

 

  

東口現況

 

近づいてよく見ると、この隧道が完全な人工物ではないことがわかる。

元は波によって浸食された海食洞であり、若干それに手を加えて隧道に仕立てたものと思われる。

 

 

 

     

なめらかな壁面を持つ隧道は 現在資材置き場である

 

 

  

西口現況

 

所有関係の詳細は不明だが、現在は隧道西口に隣接する会社が資材置き場として隧道内に物品を保管している。

工事関係の資材のようだ。東口と比較すると明らかに壁面加工の痕が見受けられる。

 

  

こちらの壁面は人工的に削られたようだ

 

 

  

洞内より各洞口を見る

 

 

加茂港を望む

 

その所在位置から仮称「加茂北隧道」と呼んでいたが、正式名称が「弁慶澤隧道」であることが判明した。



現在は磯を埋め立てて迂回路が造られたために廃されている。

 

弁慶澤隧道 約50m  明治23年竣工

(2002.9訪問)

 

 

 

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