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その七  永昌橋,桂沢橋(東根市関山)

 

関山街道とは中世以前の古来の道、明治15年の旧隧道を経る道、そして現在の国道48号線の3本の総称である。

それぞれ一般には旧街道、新道、国道48号として区別されているが、その中で新道とされる、三島通庸が開いた

明治時代の開削の道の中にこの永昌橋が存在する。新道と称されながら現在は廃道となっているこの道は、歴史上

重要と見なされているわりにかなり粗末な扱いを受けている。現道との分岐点からまもなく、大量の土砂が道を塞ぐ形で

廃棄されており、越えるのに苦労する。ようやく越えるとそこに半分草木に埋もれている橋を見ることができる。

永昌橋

  本来の幅の約半分しか見えていない

 

      

橋名の銘標は健在

 

 

 

新道開通当時の橋は木橋であったということから、現在残る橋は昭和12年の街道改修工事の際に架け替えられたもの

ではないかと思われる。先代と思われる木橋はこの橋の少し山形側の河床に崩壊した形で残っている。→※参照

永昌橋については親柱、欄干等はしっかり残っているが、橋上の状態はご覧の通りである。ここを越え数キロ行くと

    旧関山隧道に至る。

 


桂沢橋

      永昌橋と同じ旧48号線の橋であるが、こちらは現道に近い。河村砕石(株)の向かい側に位置し、砕石置き場への通路として

      転用されている。昭和26年竣工であるが、昭和40年代にはすでに廃棄されており、実用期間は短かった。

 

     

               現道からすぐ見える位置にある                 橋の側面  砕石のほこりで周りが白い                          

 

     

左右とも親柱は埋もれかかっていた

 

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