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その十八 弁当沢橋(小国町)



明治の道路開削時に、当時の調査役が弁当を開いたことからついたと云われる、風変わりな「弁当沢」の名。

この沢は、さほど大きなものではないため、明治時代にはほんの数mの橋が架けられていた。

しかし、道路線形が急角度で折れる地形であったので、そののち昭和十六年に二代目弁当沢橋が施工され、自動車通運にも対応 できる対策がとられた。

現在では更にスムーズな自動車の流れを可能とする三代目の橋が使用されており、旧橋、旧々橋は藪に埋もれることとなった。



       

 国道113号弁当沢トンネル東口                      東口から見て左が旧道である




   

旧道を奥へ                          直進が旧々道 右は旧道




   

  植物に埋もれる橋上の状態
                 

           





    

竣工年を記す親柱                 昭和16年竣工




   

草間より垣間見える欄干



      

  橋名は旧字体で「辨當澤橋」       近づくのが困難な親柱さえある




    




両側に親柱があるのがようやくわかる


親柱東側2柱は上部の方形の装飾が破損、欠落してしまっているが西側2本には

大きな破損が無く、竣工当初の姿により近いと思われる。


        
  
 橋上から見る辨當澤                          初代の橋の橋台が今も残っている

辨當澤と呼ばれるこの沢の本来の名称は合体澤である。

調査時期は7月だったが、沢の一部には薄汚れた残雪が確認された。



2代目の橋を横から見る

現在車道に供給されている橋は、紅葉橋と名付けられ、弁当沢の名は消えている。

辨當澤橋   初代 明治14〜19年架橋    二代目 昭和16年架橋   



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