鶴岡の中心街を流れる内川に端正な石造りの橋が架かっている。この辺一帯の橋は、最近次々に改修され、
それぞれ特徴のあるデザインとなっているが、時代を感じさせるこの橋に貫禄の上では叶わない。
山王町方面から本町側に入ると道は二股に分かれているが、惜しいことに本町側の親柱と欄干のかなりの部分が
撤去され安易な鉄柵に変えられてしまっている。二股側の道にスムーズに自動車を流すための変更であろうか。
内川に姿を映す大泉橋
参考:大正期の古写真より
先代は二連のアーチ橋でめがね橋と呼ばれた。明治21年に建造されたが大正期に入ると
交通量が増大し、拡幅が望まれた。その上橋脚に流木等が引っかかり氾濫の元になったため
昭和になって、河川内に橋脚をおろさない形に掛け替えられた。
優雅なアーチを描く
山王町側は重厚な石積み風 山王側から本町方面を望む
内川には橋脚を下ろさないアーチ型コンクリート橋となっている。
重厚な脚部 欄干改修部分の切断面
東側二柱のみが残る(河川名.ひらがな橋名)
人の身の丈を越える親柱上部の欠けの部分には竣工当初、スリット状の装飾が施されていたらしい。
現在その部品は失われ、雑草が生えている。銘標の周りにも補修跡らしきものが見られる。
参考:竣工当時の古写真
この建物は現存している
大泉橋 昭和六年竣工
本来のデザインが華麗であるだけに、鉄柵に置き換えられた部分(写真右)が
まるで肉を食いちぎられ骨を露出したように見え、痛々しい。 また、アーチの
部分もどうやら改装されているようで、弧が当初よりも緩くなっているようだ。
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